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Private  Memorial  Garden

ユウ →

 熱し易く覚め易い国民性故に、2004年12月26日の津波に因りタイで最大の被害を受けたのがカオラックである
事など忘却の彼方の
人々が大勢おられることは容易に想像できます、残念ながら!

 がしかし、これからシミランやスリン、タチャイでシュノーケルを楽しみたい方々や、重機材を背負ってダイビングを
なさる方達には、忘れないで頂きたいと願っております
 勿論、あの日プーケットやカオラックに滞在し、津波に飲み込まれないように避難した経験をお持ちの方から記憶が
消滅する事はないでしょう

 前振りが長くなりました
私たちは、ナントンのギャラリーへ戻っていた為に生命を喪う事はありませんでしたが、悲しい事に大勢の友人や
知り合いを喪いました
 それでも生き残った私たちに出来る事は何かを真剣に考え、バニアン小学校の子供たちへ「笑顔のプレゼント」、
そして、被害に遭い「先に逝ってしまった友人や知り合いの魂の安らげる場所」を創る事でした

 此処では、その場所、Private  Memorial  Gardenに関して書きたいと思います

2005年

 1月10日 津波で破壊されたレジデンスの
奥☆印がPMGの前身です

 1月14日 海側から見たら、まるで瓦礫の山で
ある事が一目瞭然です

 9月29日 隣人のドイツ人と津波で崩壊したままでは
廃墟と思われるので、せめて自分たちの家だけでも綺麗
に修復しようと開始した作業が9月に終了した

 少しでも明るい雰囲気をつくろうと、オーキッドの花を
軒下に飾った翌朝、一鉢だけ残して盗まれてしまった!
あの頃、バニアンには多くのカモイ(泥棒)が跋扈してい
たのである  クラーの室外機まで盗まれてしまったのに
は苦笑いした記憶がある

VOL 1

VOL 2